いとうせいこうさん

PEOPLE & WALLS 05

ムーブメントは受け手の進化から。
いとうせいこうが語る、
新たな価値の築き方

いとうせいこう

作家・クリエーター

心地よい空間を彩る大切な存在である壁と、そこで過ごす人との関係について、クリエイティブな活動に携わる人々との対話を通じて考えていくLIXIL「PEOPLE & WALLS MAGAZINE」。
俳優、小説家、タレント、ミュージシャンと多彩な顔を持ついとうせいこうさんは、1980年代からラッパーとしても活動。日本のヒップホップシーンにおける、先駆者の一人でもあります。
あらためて、いとうさんが思うヒップホップの魅力や、日本語ラップという文化をつくり上げてきた先駆者としての思いを、駒込にある蔵にて伺いました。「一つの題材が、技術やアイデアにより新しいモノに進化する瞬間が面白い」と語るいとうさん。彼が思う、ヒップホップと土蔵からヒントを得てつくられた壁材「エコカラット」の共通点とは?

※撮影場所である旧丹羽家住宅蔵は近代工法を用いた伝統的意匠の土蔵で、江戸時代後期に建てられました。もともとは土壁でしたが、昭和11年に鉄筋コンクリートで建て直されたため、写真の蔵自体は土壁ではありません

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:寺内暁 編集:服部桃子(CINRA)

いとうせいこう
俳優、小説家、ラッパー、タレントなど、多方面で活躍。雑誌『ホットドッグ・プレス』の編集者を経て、1980年代にはラッパーとして藤原ヒロシらとともに最初期の日本語ヒップホップのシーンを牽引する。その後小説家デビューを果たし、多くの著書を発表。近年では音楽活動も再開し、さまざまなアーティストとコラボを行う。

古いものが進化して新しいものができると、ワクワクする

いとうさんが80年代にのめり込んだヒップホップは、過去の音楽をサンプリングして、そこにラップを乗せることで生まれました。先人が残した音楽をリスペクトして活かす手法は、日本古来の蔵からインスピレーションを受けたエコカラットのそれと似たものを感じます。

いとう:たしかに、ヒップホップには「故きを温ねて新しきを知る」という側面があります。過去の楽曲から音をサンプリングしてトラックをつくるのもそうだし、そもそも音に言葉を乗せるラップという手法自体もそう。もともとはカントリーミュージックにも「しゃべるように歌詞を乗せる」表現はあったし、レゲエのトースティング(ビートに合わせて会話やセリフなどの言葉を発すること)のようなものもあった。そういったものを組み合わせることで、ヒップホップは生まれていきましたから。

駒込・旧丹羽家住宅蔵の前に立ついとうせいこうさん
いとうせいこうさん。駒込にある「門と蔵のある広場」内、旧丹羽家住宅蔵にて。
そうしたヒップホップ自体の黎明期にあって、いとうさんは日本語ラップという文化を生んだ先駆者の一人でもあります。ラップを日本語で表現する際に、苦労した点はありますか?

いとう:ヒップホップのリズムに日本語を合わせると、どうしても民謡みたくなってしまうんですよね。そう聞こえてしまったら、ヒップホップという新しい音楽としてとらえてもらえなくなる。だから、民謡っぽくならないよう細かいテクニックを開発していく必要がありました。歌詞以外の合いの手や掛け声で休符を消したり、韻を踏むために倒置法を盛んに使ったりして。

新しい価値を浸透させるために、さまざまな技術を盛り込んだんですね。

いとう:はい。これはヒップホップに限らず、すべてにおいていえると思います。新しく生まれた一つの題材に対し、さまざまなアイデアやテクニック、テクノロジーが集まることで、まったく新しいものに進化していく。その瞬間が面白いんですよね。

ちなみに、当時の日本語ラップに対する世間の反応はどういったものだったのでしょうか? すぐに受け入れられましたか?

いとう:いえ、やはり最初は難しいところもありましたね。倒置法を多用しすぎると、聴く側が入れ替えた言葉を覚えていられなくなり、歌詞の内容についてこられなくなるんです。いまは倒置法を使った日本語ラップも浸透したため、前の文章を頭に残しながら理解することに多くの人が慣れていますが、当時は誰も聴いたことがありませんでしたから。

たしかに、いまでは違和感なく受け入れられていますね。文化が根づくには、聴く側の成熟が必要なのかもしれません。

いとう:そう思います。ムーブメントっていうのは送り手だけじゃなく、受け手の認識や技術も進化しないとなかなか広がっていかない。そういう意味では、エコカラットも同じじゃないかな。エコカラット自体は20年以上前からあるということですけど、室内の空気に対する意識が高まってきたのって、わりとここ10年くらいですよね。

昔は空気清浄機もさほど浸透していなかったように思いますが、いまは家庭の必需品になっていますよね。

いとう:僕自身も、20年前は湿度がどうとかまったく気にしていなかったですからね。でも、いまは「部屋の空気が健康状態に影響する」という考え方が浸透して、ユーザーも敏感になってきた。世の中の意識が高まれば、それに対応してつくり手の技術も上がっていく。エコカラットの技術がこの20年で進化していったのも、そういうことなんじゃないですか。

エコカラット×いとうせいこう、何が生まれる?

先ほど、一つの題材に対してさまざまなアイデアが集まることで進化が生まれるというお話がありました。そこで、エコカラットの可能性を広げるために、いとうさんからアイデアをいただけたらと思うのですが。

いとう:個人的にはエコカラットの「屏風」があったらいいなと思いますね。

エコカラットのサンプルを触るいとうさん
エコカラットのサンプルを触りながら考えてくれた
屏風? 旅館のロビーなどにある、あの?

いとう:はい。最初から壁に施工するのはハードルが高いから、まずは屏風くらいから導入してみたいって人はいるように思います。それに、屏風には住まいに「可変性」をもたらす機能もある。それを立てることで部屋を2つに区切ったり、空間に陰影が生まれたり、来客時にモノを隠すことだってできます。

そもそも古来の日本の住まいは広い続き間を襖で仕切るなどして、空間をフレキシブルにアレンジできる良さがありましたよね。それができる「屏風」という極めて日本的なシステムを取り入れる。それは、蔵からインスパイアされたエコカラットの精神にも通じるところがあるのではないでしょうか。

なるほど。たしかに、これまでにない新しい価値をもたらすことができますね。

いとう:もちろん、どこに立てるかで部屋全体の雰囲気がガラリと変わる、インテリアとしての楽しみ方もありますよね。昔みたいに、季節や来客に合わせて屏風を変えてみるのもいいと思います。エコカラットって、写真を印刷することはできるんですか?

オンデマンドでユーザーが選んだ写真をプリントできるサービスもあります。

いとう:だったら、例えば、孫の七五三に合わせて「孫の顔」を印刷したエコカラットの屏風をつくるとかね。それを立てて、お参り後に帰省してくる息子夫婦を出迎えたら盛り上がりますよ。あるいは、それこそ本物の屏風のように、俵屋宗達(江戸時代初期の画家。『風神雷神図 屏風』などで知られる)の絵なんかを再現できたら、アートとして欲しがる人も多いと思います。

いいですね!

いとう:ほかにも、子どもがクレヨンでお絵描きできるようにするのはどうですか? 壁の一面だけ自由に描き込めるスペースにすれば、そこがそのまま家族の思い出になります。普通のビニールクロスだと、いかにも「いたずら描き」という感じでチープに見えるけど、エコカラットは質感がいいから「キャンバス」として映えると思います。

あるいは、壁をホワイトボード代わりに使うのもいいですよね。書いた文字を拭くだけで消せるようにすれば、ちょっとした思いつきや、ふと頭に浮かんだ面白い言葉を気軽にメモできる。そうなるともはや、ただの壁を超えた必需品になっていきますよね。

身振り手振りを交えて話すいとうさん

「優れた技術」は「豊かな発想」があってこそ生きる

いまいただいたアイデアだけでも、エコカラットの可能性が大きく広がりそうです。

いとう:優れた技術は、豊かな発想があってこそ生かされると思います。だから、エコカラットだけじゃなく、技術者の研究の場にはアーティストをどんどん呼んでもらって、アイデアを聞いてほしいんですよね。

いとうさんご自身も、研究者とブレストをするような機会はありますか?

いとう:はい。例えば、僕はパソコンやスマホでよくメモをとるんですけど、メモが溜まっていくうちにどれが大事なものかわからなくなってしまう。そこで、文字を入力する際のタッチの強さによって文字の大きさや太さが変わるようなものができないか、東大の先生に相談しています。これなら、そのときどきの「思い入れ」が、そのままメモの濃淡になる。直筆のような手触りを、デジタルでも残すことができるんじゃないかと思うんです。

面白いですね! いとうさんがおっしゃるように、発想と技術をマッチングさせる機会を増やしていくことが、ものづくりの発展、ひいては私たちの暮らしの豊かさにつながるのかもしれませんね。

いとう:数か月に1回でもいいから、技術者とクリエイターが集まってセッションするような場があると、どんどん面白いものが生まれていく気がします。ナントカ委員会みたいにしちゃうとヒエラルキーができて自由なセッションが生まれないから、あくまで全員がフラットに話し合える仕組みがあるといいですよね。さきほど日本古来の住まいの可変性について話しましたが、アイデアにもそれはあってしかるべきだと思いますから。

蔵内部の壁際に立ついとうさん

いとうせいこうさんが選んだ
お気に入りのエコカラット導入事例②

いとう:こういう立体感を高さのなかで使うの巧いなあと思います。お城の内側の秘密の部屋にいる気持ちにもなるし、心もどっしりと落ち着く。